公益社団法人 全国私立保育連盟

保護者

今、保護者に届けたいメッセージ 第3回②

これまでの発達の見方は、子どもを幸せにしましたか?

鯨岡 峻(京都大学名誉教授)

②これまでの発達の見方は、子どもも親も不幸にする面がある

確かに、育児書に「発達の目安」が示される場合にも、注意して読めば「これは平均的な姿を示したもので、個人差が大きいことを忘れないでください」と、たいていは注意書きが書かれています。そのとおりで、力のつき具合、つまり発達のすすみ具合には大きな個人差があり、目安が示すとおりに成長を遂げる子どもは一人もいないといってもよいほどなのですが、お母さんには「個人差」という考えはほとんど届かない感じです。

 加えて、近年、「発達障碍」の考えが世の中に広がるにつれて、「わが子は発達障碍ではないのか」という心配が重なり、何か少し変わった行動があったり、発達の目安から遅れたりしていると、すぐさま障碍を疑う風潮が大きく拡がってきたように見えます。「発達は順調か?」という問いは、「わが子は障碍ではないのか?」という問いと重なって、お母さん方の不安を助長してきたのは確かなようです。

 そこから、その不安を一掃するためにも、早くできることが増え、文字が読めたり書けたりするようになることを期待し、それを保育の場にも要望する動きが増えてきました。その中でも、今お母さん方の関心を強く惹きつけているのは、漢字を書く力を早く身につけるためなどの塾通いの問題でしょう。

 「上の子が小学校に上がる時、わが子は自分の名前しか書けなかったのに、幼児塾に通っていたよその子は入学の時点で40個も書けるようになっていた。

 私は上の子の教育に失敗したのだ。だから下の子には早くから幼児塾に通わせて、上の子の失敗を繰り返さないようにしよう」

 こんな考えになるお母さんが今とても多いように思います。しかし、本当にそれは失敗だったのでしょうか。今の事例を、図1で考えてみます。

図1 お母さんの関心は、入学の時点での差にあります。その時点で40個書けるA君の力と4個しか書けないわが子の力を比較して、「失敗した、早くからさせればよかった」となるのですが、この差はほとんどの場合、2年しないうちに埋まってしまうのです。

 もしも埋まらずに、その差がずっと持ち越されるなら、私も早期教育を推奨します。しかし、実際には、図1のようにほとんどの場合、8歳までに追いついてしまうのです。

 だとすると、この図はどのように考えればよいでしょうか。A君のお母さんは2年間、「わが子はよその子よりもよくできる」と自慢する気持ちになれただけです。そしてA君はB君よりも塾通いをした分、思う存分に遊べなかったことになり、B君は塾通いをしなかった分、A君よりもいっぱい遊ぶことができて、楽しい経験をたくさん積めたことになります。ただそれだけのことです。

 こうしてみると、これまでの発達の見方は、子どもの育ちを急がせる結果を生み、子どもを苦しめ、お母さんをも苦しめる意味合いをもっていたということになるのではないでしょうか。ここから、発達の見方を見直す必要が見えてきます。

*この連載では、「保護者」という言葉を「お母さん」という言葉に置きかえてすすめていきます。

第4回は12月上旬に更新予定です。