公益社団法人 全国私立保育連盟

保護者

今、保護者に届けたいメッセージ 第16回②

「あー、お弁当おいしかった!」
鯨岡 峻(京都大学名誉教授)


「あー、お弁当おいしかった!」

 ここで、一つの事例を紹介してみたいと思います。

 Kちゃん(3歳児)はお母さんと二人で暮らしていて、お母さんの仕事は朝が早く、また重労働なので、お迎えの後は祖父母の家で晩ご飯を一緒に食べ、お風呂にも入って、寝るためにだけ家に帰り、朝もほとんどがパンと牛乳だけの生活です。朝一番に登園して、一番遅く帰る毎日なので、お母さんと担任の先生が顔を合わせる機会はめったにありません。

 お弁当の日が決まり、子どもたちにもそのチラシが配られましたが、Kちゃんはお母さんが大変なことがよくわかっているので、そのチラシをお母さんに渡すことができません。そして、お弁当の日が近づいてきて、みんながそれを楽しみに話し合っているのに、その話の輪に入ることができません。そしてとうとう、Kちゃんは先生に「お弁当の日のこと、まだお母さんに話してない、先生、話して」といいに来ます。

 先生はKちゃんのお母さんと最近顔を合わせていなかったことに気づいて、その日はお母さんがお迎えに来るまで待ち、お弁当のことを口頭で伝えました。お母さんは困った顔をされて、「お弁当ですか…チラシがあったんですね、もらって帰ります」と硬い表情で帰られたそうです。

 でも次の日、Kちゃんはニコニコして保育園に来るなり、「先生、お母さんがお弁当作るっていってくれた!」と伝えてきました。そしてお弁当の日の当日、Kちゃんはお弁当を大事に持ってきて、みんなと一緒に食べ、食べ終わると、「あー、お弁当おいしかった!」と満足した笑顔で午睡に向かいました。

 その日も、先生はお母さんがお迎えに来るまで待ち、お母さんが来られると、「お母さん、ご苦労様、お弁当作り大変でしたね。Kちゃん、本当に喜んで、お弁当が終わったら、みんなに聞こえるような大きな声で『あー、お弁当おいしかった!』といったんですよ」と伝えると、お母さんのいつもの硬い表情が少し和らぎ、「先生、本当に大変だったんですよ。しばらく料理なんてしていないし」といいながら、お母さんも嬉しそうで、サヨナラをいって二人で帰る後ろ姿に、先生もほっと嬉しい気持ちになったとおっしゃっていました。

 お弁当の日が、Kちゃんにとってはお母さんの愛情を確かめることのできた大事な一日になったのでしょう。

>③お弁当に込められたお母さんの愛情