子どもの「できる、できない」から、子どもの心に目を向けるために
鯨岡 峻(京都大学名誉教授)
③「できる、できない」に目が向かうと、子どもの心に目が向かわなくなる
「早くこれができるようになってほしい」「まだこれができないの?」という目でわが子を見るようになると、自然にお母さんの目は子どもを外側から見て、「できるか、できないか」を詮索する見方になり、子どもの心に自分の気持ちを寄り添わせるという、子育てに欠かせないお母さんの優しい心の動きが弱くなってしまいます。またそのことによって、自分の愛情が子どもに届いているかどうかにも気持ちが向かなくなり、物を買い与える、行楽に連れて行くことなどで、子どもを愛しているつもりになるという錯覚に陥るようになりました。
こうして、お母さんの願いに沿って行動した時には、ネコ撫で声で可愛がるけれども、泣いたり、ぐずったり、ふてくされたりした時には、簡単に「もう知らない」という冷たい態度をとるようになってしまったのだと思います。
子どもはといえば、そういうお母さんの「早く、早く」と急き立てる対応や、「まだこれができないの?」という厳しい目に接して、次第に心が圧迫され、「自分はダメな子」と思ったり、「自分のことをお母さんは嫌いなんだ」と思ったりするようになって、お母さんに対する信頼感が揺らぐようになってしまいました。それがモヤモヤした気持ち、イライラした気持ちになったり、今一つ元気になれず、いろいろなことに意欲が湧いてこなかったりする理由になっているのです。
けれども、子どもの心に目が向かわなくなったお母さんにはそれがわかりません。そしてそれがわからないので、さらにできることを求め、何かをさせようと身構え、保育の場にも「あれをさせてください」「これをさせてください」と求めるようになるのです。
お母さんのこの強い子どもへの期待や働きかけはみんな、「発達」を前にすすめようとする働きかけです。発達がすすむということは、右肩上がりの進歩向上の考え方と重なって、願わしいことだと信じられています。ですから、発達を前にすすめることに問題が孕まれているとは、お母さんにはとても思えません。
こうして、今の自分の子育てのあり方が肯定され、自分の思い通りに子育てがならないのは、この子に問題があるから、保育の場が今一つしっかりしていないから、と思いこんで、自分の子どもの見方、発達の考え方に問題が孕まれているというふうには考えられなくなってしまいます。では、どう考えればこうした状態を抜けだせるのでしょうか。
第3回は11月上旬に更新予定です。