「お互いさま」の心の育ちも大事です
鯨岡 峻(京都大学名誉教授)
トラブルを通して、相手にも思いがあることがわかります
子どもは集団生活をする中で、3歳を過ぎる頃から、自分に「こうしたい」「こうしたくない」という思いがあるだけでなく、相手にも自分の思いとは違う「こうしたい」「こうしたくない」という思いがあることに、しだいに気づくようになります。
3歳児の物の取り合いはお互いに必死で、顔を真っ赤にして引っ張り合い、「だめ!」「いや!」というばかりで、挙句は双方とも泣いてしまうことがしばしばです。そんな時、保育者があいだに入って双方のいい分を聞くと、一方の子は「これは僕が後で使おうと思って、そばに置いておいたのに」という思いだったことがわかり、他方の子は「君が使っていなかったから、僕が使おうと思った」という思いだったことがわかります。そこで、保育者が双方のいい分を相手にしっかり伝えると、何とか双方が納得してトラブルが収まり、しばらくすると笑顔になって、また一緒に遊んでいるという場面がしばしば見られます。
このように、物の取り合いなどのトラブルは、子どもが自分にも思いがあるように、相手にも思いがあることに気づく大事な場面であることがわかります。けんかをしないのがよいのではなく、思いと思いの衝突からくるけんかは、自分はこうしたいのだという思いを相手に伝えながら、相手にも自分とは違う思いがあることに気づくための大事な意味をもった場面なのです。そのことを、お母さん方にもご理解いただきたいと思います。
こうした経験を通して、自分から「ごめんなさい」がいえるようになり、それに対して相手が気前よく「いいよ」といってくれるようになり、逆に相手が「ごめんね」というのに、自分が「いいよ」と応じられるようになって、しだいに「お互いさま」の素地ができあがっていくのです。
もちろん、トラブル以外にも、転んで痛がっている友だちを心配したり、慰めたりという振る舞いも、相手の思いに気づく(共感する)からこそ生まれる行為ですが、思いと思いが衝突するトラブル場面ほど、お互いが違う思いを抱いていることに気づく大事な場面はないといってもよいと思います。