公益社団法人 全国私立保育連盟

研修報告

第19回保育国際セミナー「コンフリクト・マネジメント・パート6」IT委員会取材記

開催日程
平成27年2月19日~20日
開催場所
石川県・金沢市

平成27年2月19日~20日の2日間にかけて、金沢東急ホテルにて、表題の研修会(保育国際交流運営委員会が企画・運営)が開催された。全国各地から集まった参加者はおよそ20人。今回で6回目を数える研修会ということもあり、研修中のディスカッションにおける参加者の発言等々から各人に研修参加に至らしめた高い目的意識あるいは自身が抱える問題意識があることが読み取れた(今回は都合で1日目のみの取材となったので、それを中心として報告する)。

【講師の鈴木有香氏】【コンフリクト・マネジメントとは】
耳慣れない「コンフリクト・マネジメント」という言葉。そのまま訳せば「紛争解決」「紛争のコントロール」といった意味になると思われるが、すなわち「人間関係における自己と他者との関係性を整理・把握し、コミュニケーションを円滑に進めていくための手法」である。90年代後半に欧米で発祥した比較的新しいコミュニケーション理論で、日本では00年以降ビジネス等シビアな交渉を要する現場において注目されてきたという。

講師として招かれたのは、早稲田大学紛争交渉研究所招聘研究員の鈴木有香氏。コンフリクト・マネジメントの理論的な解説からそれらの実践やディスカッション、そしてその繰り返しという濃密なプログラムであった。

【研修の冒頭~チェックイン】
保育の現場では、日々様々なストレスが顕在化している。子供や保護者への対応はもちろんのこと、職員間の相互理解、上司である園長や主任保育士と現場の職員との関係性など、円滑なコミュニケーションが求められるシーンは数多い。そういった参加者共通の問題意識をベースとした研修ということで、「チェックイン」と呼ばれる研修の導入プログラムの時点から和やかな雰囲気で始まった。

この「チェックイン」という活動は、「現在の正直な気持ちや気になっていることなどをありのままに1分間話す」という一見単なる自己紹介のようではあるが、それには次のようなルールがある。

・並んでいる順番や講師の指示ではなく、話したくなった人から次々と話していく。
→自発性。能動的な姿勢。
・人の発言に対して質問したり突っ込んだりしない。
→他人の言葉をまずはそのままに受け止める受容性。
・無理に笑わせる、受けを狙うことはしない
→虚勢を張らず、自らをありのままに表現する姿勢。

これらを意識しながら研修に「チェックイン」することで、講師と参加者が本研修にどのような姿勢で臨むかが明確になった。相手をそのままに受け入れ、自らもそのままに表現するという姿勢。これは研修全体を一貫していたテーマである。

【ディスカッション】【研修の内容①~ウォーミングアップ】
「チェックイン」に続いて、「ウォーミングアップ」というプログラムが行われた。これは、「チェックイン」で参加者が共有した他者を受容する姿勢をより具体的に体験することが目的である。資料には遊戯のようなタイトルの項目が並ぶ。「パス回し」「これ何?」「鏡」「職業当て」・・・これらを通して、他者に意思を伝えることやそれを受け取ることの意味、その際に足かせとなる自身の思い込みなど、円滑なコミュニケーションに必要になること、あるいは妨げになるものが顕かにされる。

*パス回し
ジェスチャーで相手にボールを回していく。最初は声でボールを回す相手を指名してから回す。その後、声を出さずに相手の目を見たりジェスチャーのみで回していく。参加者は、声というわかりやすい合図がある場合よりも、無言のほうが相手をより観察し、受け取った際の実感も強いことに気付く。相手を受容するには、観察(よく見る、よく知る姿勢)が大切であることの示唆。

*これ何?
2人1組になり、一方が会場にあるもの(机、ペン、ホワイトボード、電話などなんでも良い)を指さし、一方がその名前を答えていく。しばらく続けたら、次に「指で差されたものとは全く無関係の名前」を答える。見たものをそのまま言うのは簡単だが、その逆は非常に難しいことに気付く。習慣と異なることをすることの難しさ、自分のパターンから抜け出すことの難しさの体験。

*鏡/職業当て
鏡は、対面した相手と鏡に映ったごとく全く同じジェスチャーをする。相手の動きをよく観察する。職業当ては、思い浮かべた職業を示すジェスチャーをして相手にそれがなんであるかを伝える。当てる側は相手を観察すること、ジェスチャーする側はどうすれば相手にうまく伝えられるかを工夫する。お互いが積極的にわかり合おうとする意識が大切であることの示唆。

これらの活動により、「チェックイン」で示された基本的な姿勢がより深く理解された。

【研修の内容②~パワーについて】
「パワー」という言葉で思い浮かぶことはなんであるか。例えば「権力・圧力・命令」といった強制的かつネガティブにも観じられるパワーもあれば、「底力・喜び・はげまし・エネルギー」といったポジティブな印象を受けるパワーもある。
人間は日常の中で様々な力によって支えられたり、流されたり、突き動かされたりしているわけであるが、「ウォーミングアップ」に続いて「私のパワー」として参加者それぞれが感じることをまとめた。

まとめるにあたって提示されたのは、「私の長所・強み」「私の短所・弱み」「私にある可能性、私を支えてくれるもの、こと、人々」「私の行動を萎えさせるもの、こと、人々」の4つの項目。自らとその周りのあるポジティブな力とネガティブな力とを分けた。
まとめ終わって自分の長所や短所、自分にとって有り難い力や受け入れがたい力を示す言葉を眺めていると、あることに気付く。それは、自分が長所と思っていることを他人が短所として挙げていたり、自分を支えてくれている力が、他人にとっては足枷のようになっているということである。これは、自分が短所や欠点であると捉えていることが見方を変えると長所にもなり得る、その逆もまた然りということであり、それらは個々の特性に過ぎないのである。「パワー」を生かすも殺すも自分の捉え方次第であり、また、一見受け入れがたい個性や考え方を持つ相手であったとしても、相対的な視点を持つことがそれらを理解する糸口になるということではないだろうか。

【①②を受けて、より体験的活動へ~「芸術活動」】
参加者が班に分かれ、それぞれに紙袋が渡された。その中にはペンやら紙やら雑誌やら様々なものが入っている。それらを材料にして「パワー」を感じさせるポスターを制限時間内に作り上げる。それが「芸術活動」である。

このプログラムにはひとつポイントがある。それは、紙袋の中身が班によって違うのである。このことは最初参加者には知らされない。各班が中身を確認し、早速ポスター製作にかかった。15分後ポスターが出来上がり、それぞれ発表し、どれが一番良かったかを投票で決定する。もちろん単にポスターの出来映えを競うわけではない。その過程、実際に作業して各人が感じたことにこそ意味がある。

*紙袋の中身が違うことに気付いたタイミング、その順番
紙袋の中身は班によって全く違っていた。しかも、「優劣」あるいは「貧富」とも言える差があった。一方ではカラフルなテープやペン、写真がたくさん掲載されたファッション雑誌などいくらでもアイデアが沸いてきそうなものであり、もう一方ではティッシュと黒鉛筆程度のものしか入っていない班もあった。同じように作業に入ったのだが、興味深いことに紙袋の中身が違うことにいち早く気付いたのは後者で、逆に前者の材料が豊富にあった班は作業に集中してしまいなかなか気付くことはなかった。
これは、満たされている者は自身の環境が他に比べて恵まれていることに気付かない一方で、持たざるものはすぐに満たされているものと比較するという特性が表れている。

【持たざる班】*投票で最も点数を集めたのは「持たざる班」
発表後の投票で最も点数を集めたのは持たざる側の班が製作したポスターだった。確かに材料がない中で必死に「パワー」を伝えようとした奮闘の跡がしっかりと残っていた。それに対して、満たされていたチームはきれいでコンセプトもはっきりしているもののいささかまとまり過ぎた感はあった。

投票の結果自体は参加者の個々の考え方や感じ方にも左右されるため偶然という側面もあると思われるが、この活動を通して人間の特性を知るという意味においては十二分に興味深い内容であった。

条件が違っていることを参加者に知らせずに同じ課題に取り組む過程で、最も示唆されたことは、「持てるものは、持たざるものの存在に気付かない」「持たざるものは、自らの環境の不満足を意識しやすい」ということであった。本研修においては他者を理解し受容することの大切さが一貫して語られたわけであるが、この「芸術活動」を通してわかったことは、それらがまず自分自身やその周りの環境を客観的に把握することが前提になるということではないだろうか。

【まとめ】
「チェックイン」、「ウォーミングアップ」とプログラムが進み、取り組んだ活動やディスカッションを通して感じたことが、講師である鈴木有香氏の的確な解説や助言、コメントによってしっかりと参加者の腑に落ちていく様子がよく感じられた。
参加者がそれぞれの園で抱える課題や問題の解決は一通りの方法でなされるものではないだろう。しかしながら、それらをコミュニケーション良く円滑に進め、より良い方向に導いていくためには、相手を知りなにより自分を知ることが肝要であるという鈴木氏のメッセージはしっかりと伝わったのではないだろうか。単純なハウツーではなく人間理解を深めるとでもいうべき根本的な学びは、保育の現場にとどまらない生活のあらゆる場面で生かすことができると思われる。
研修が進むうちに参加者の互いを信頼し受け入れようとする気持ちがより強まったせいか、兎にも角にも和やかな雰囲気が印象的な研修会であった。

(報告者:IT委員会 脇淵竜舟)